はじめに
多くの使用者や労働者はあまり強く意識していませんが、法的に「退職」とは、労働者と使用者との間で締結されている労働契約の解除(雇用関係の終了)を意味し、雇用関係の終了には、契約の定めや一定の事由により自動的に終了する場合や、当事者(使用者あるいは労働者)の一方的な事情によって解消される場合などがあります。
主な退職事由とその法的根拠
労働契約に基づき解除(自動的に終了)する場合
- 定年退職:一定の年齢に達したことで労働契約が自動終了する制度です。高年齢者雇用安定法により60歳未満の定年設定は禁止されており、65歳までの雇用確保措置(定年引上げ、継続雇用制度導入、定年制廃止)が義務付けられています。
- 契約満了による退職(雇止め):有期労働契約の期間満了による終了です。ただし労働契約法第19条(雇止め法理)により、反復更新され実質的に無期契約と同視できる場合等において、合理的理由のない雇止めは無効となります。また3回以上更新・1年超継続勤務の場合は30日前までの予告が必要です。
- 休職期間満了による退職(自然退職):業務外の傷病等で休職し、期間満了後も復職できない場合の就業規則に基づく自動終了です。なお業務上の傷病休業期間及びその後30日間は解雇制限(労基法第19条)がありますが、打切補償支払や傷病補償年金受給等により制限が解除される場合があります。
- 死亡退職:労働者の死亡という不可抗力な事実により労働契約は自然終了されます。労災保険・健康保険から遺族補償給付や葬祭料・埋葬料等の給付が行われます。
使用者側あるいは労働者側の事情により解除する場合
- 自己都合退職(任意退職):労働者側の一方的な申出による契約解除です。憲法上の職業選択の自由を背景とし、民法第627条により雇用期間の定めのない契約では解除申出から2週間経過で効力が発生します。
- 解雇(普通解雇 / 整理解雇 / 懲戒解雇):使用者側の一方的な意思表示による契約解除です。労働契約法第16条に基づき、客観的理由・社会通念上の相当性を欠く解雇は権利濫用として無効となります。解雇する際は労働基準法第20条により30日前予告(または解雇予告手当の支給)が必要となり、各種法令による解雇制限ルールが適用されます。
退職金制度・企業年金の手続き(中退共・特退共・企業型DC)
労働者の退職後の生活に備えて退職金制度を用意している事業者においては、従業員の退職に伴い退職金共済の手続きや企業年金の資産移管(ポータビリティ)などの手続きが発生します。
中小企業退職金共済(中退共)・特定退職金共済(特退共)の手続き
- 中退共(中小企業退職金共済制度):
- 退職金共済手帳の交付:退職時、事業主は「退職金共済手帳」(または被保険者証)を退職者へ交付します。
- 直接請求手続き:退職者は手帳の記載情報に基づき、勤労者退職金共済機構へ直接振込口座等を届け出て請求します。事業主を経由せず、機構から本人へ直接退職金が支払われます。
- 特退共(特定退職金共済制度 / さぽーとさっぽろ等):
- 会員資格喪失手続き:手帳制度ではなく「会員証」等で管理されているケースが多く、退職時は事業主を通じて「会員資格喪失届・退職一時金請求書」を事務局へ提出して請求手続きを行います。
企業年金(企業型DC・iDeCo)の資産移管手続き
- 企業型確定拠出年金(企業型DC)の資産移管:
- 60歳未満で退職・転職する場合:積立資産を持ち運ぶ(ポータビリティ)手続きが必要です。
- 転職先に企業型DCがある場合:転職先の「企業型DC」へ資産を移換し、受取・運用を継続します。
- 転職先に企業型DCがない場合(自営業・公務員・専業主婦・無職等への移行を含む):個人型確定拠出年金(iDeCo)へ資産を移換します。「加入者」(毎月積立継続)または「運用指図者」(運用のみ)を選択できます。
- 注意点:資格喪失から6ヶ月以内に移管手続きを行わないと、資産が国民年金基金連合会へ自動移管され、各種手数料の発生等のデメリットが生じるため早期の手続きが必要です。
税務・労務管理上の留意点・実務対応
- 退職所得控除の計算と手続き(国税局ルール):
- 退職所得の受給に関する申告書:正確な源泉徴収を行うため、退職金支給日までに本申告書を退職者から提出させます。未提出の場合は一律20.42%の税率で源泉徴収を行わなければなりません。
- 同一勤務先で複数回支給される場合の重複控除計算:定年退職時と定年再雇用満了時のように、同一給与支払者から複数回退職金(慰労金)が支払われる場合、税務上の勤続年数は原則として当初採用からの全期間を通算します。退職所得控除額の計算においては、通算期間全体の控除枠から「前回支給時に適用された控除分」を差し引いて算出(重複控除の排除)します。
- 就業規則の整備:退職に関する事項は労働基準法第89条上の「絶対的必要記載事項」であり、就業規則への明記と周知が義務付けられています。
- 未消化の年次有給休暇:年次有給休暇の買取りは原則禁止ですが、退職時に使い切れず消滅する未消化分に限り、例外的に買取りが容認されています。
- 未払賃金・退職金への対応:賃金支払確保法第6条により退職後の未払賃金には年14.6%の遅延利息が発生します。消滅時効は賃金が原則5年(当面3年)、退職手当が5年です。
- 社会保険・労働保険の引き継ぎ:労災給付受給権は退職後も継続します。健康保険は転職先保険・国保への切替または最大2年間の任意継続制度が選択可能です。
- 退職関連証明書等の発行義務:退職者の請求により労働基準法第22条に基づく「退職時の証明書」を交付するほか、雇用保険の資格喪失届・離職証明書(離職票)の手続きを行います。
社労士が個別の税務相談に応じることは税理士法で禁止されていますので、退職金にかかる税金(退職所得課税)に関する具体的なご相談は、所轄の税務署あるいは最寄りの税理士事務所等にご相談下さい。
その他注意すべき事項
- 社会保険料の控除:社会保険料は月の末日時点の被保険者資格の有無により確定しますので、被保険者負担分は翌月の給与から控除することになっています。つまり月末退職の場合、退職月に確定した社会保険料を翌月の給与から控除できませんので、例外的に退職月の給与から前月分と当月分の2ヶ月分の社会保険料を控除します。
- 住民税の一括控除:住民税は給与支払者(事業者)が従業員の給与から控除しなければなりませんが、1月~5月の間に退職する従業員については、5月末までの分を一括控除しなければなりません。従業員によっては高額となるため、この期間中に退職する予定の従業員に対し、事前にきちんと説明しておくことを推奨します。
- 競業と情報漏洩リスク:社内貸与品(ノートPC・身分証等)の回収や社宅の退去等を確認します。また、退職後の秘密情報流出や不当な競業を防ぐため、就業規則や誓約書等で競業避止義務および秘密保持に関する規定を予め整備しておきます。
まとめ
雇用流動化が叫ばれ、転職が当たり前になった昨今の雇用情勢において、事業主や使用者は無用なトラブルを避けるためにも、退職に関する法令や事務手続きについても熟知しておかねばなりません。特に医療業界は職種間の横のつながりが強く、退職に伴うトラブルや不満が共有されやすい傾向があるため要注意です。
本記事の内容は投稿時点の法令にもとづき要点のみを平易な表現で執筆しています。実務においては所轄の官公署にご相談のうえ、貴院の実情に応じて適切にご対応願います。なお弊社でもオンライン人事相談を実施中です。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。





