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002_労働時間のFAQ

【働き方改革】特別条項付き36協定、歯科医師の単月上限「100時間」設定の妥当性とリスク

人事相談FAQでは、実際に運営者(RWC合同会社・RWC社労士事務所)が取り扱った人事相談のうち、頻出の事案あるいは重要と思われる事案を厳選し、医療業界のシチュエーションに置き換えてご紹介しています。

依頼者からのご相談

首をかしげる医師

当院は常勤歯科医師5名、歯科衛生士・助手10名が勤務する歯科クリニックです。2024年4月から歯科医師にも「医師の働き方改革」に伴う時間外労働の上限規制が適用されたことを受け、改めて36協定(時間外・休日労働に関する協定)の締結内容を見直しています。

当院の歯科医師は通常、月20~30時間程度の残業で収まっています。しかし、急患の重なりやスタッフの突発的な欠員、あるいは難症例の処置が長引いた場合など、予見できない事情により、特定の月だけ残業が大幅に増えてしまうリスクを否定できません。

現在、特別条項付きの36協定を締結し、一時的な繁忙期の上限を「月90時間」に設定することを検討していますが、事務長から「万が一の法令違反を避けるため、法律上の上限である100時間未満(実務上は99時間等)で設定すべきではないか」という意見が出ています。

一方で、求人票に高い残業時間を記載することで「ブラックな職場」と思われ、採用に悪影響が出ることも懸念しています。臨時的な増員が難しい歯科クリニックにおいて、上限時間を何時間に設定するのが妥当でしょうか。また、上限を高く設定することに伴う法的・実務的リスクについても教えてください。


ご相談への回答

デキる男性ビジネスマン

2024年4月からの改正労働基準法施行により、歯科医師も時間外・休日労働の上限規制(原則としてA水準:年960時間以下)の対象となりました。歯科クリニックにおいて、36協定の「特別条項」における上限をどう設定すべきかは、コンプライアンスの確保と採用戦略のバランスを左右する極めて重要な問題です。

上限「100時間未満」設定の妥当性と監督署の視点

結論から申し上げますと、実務上の安全策として、特別条項の上限を「100時間未満(休日労働を含む)」に設定することには一理あります。

労働基準監督署の窓口で相談を行うと、担当官から「偶発的な事態によって1分でも上限を超えると、即座に労働基準法違反(刑事罰の対象)となるため、余裕を持って上限を設定しておいた方が安全です」と助言されるケースは少なくありません。

貴院が現在検討している「90時間」を上限とした場合、もし不測の事態で91時間の労働が発生すれば、その時点で法違反が確定します。一方、上限を99時間に設定しておけば、実態が90時間前後であっても法的な「枠」には収まるため、不測の事態に対するバッファ(ゆとり)として機能します。

上限を高く設定することによる「採用リスク」

懸念されている通り、36協定上の上限時間を高く設定し、それを求人票等に正直に記載(あるいは公表)した場合、求職者に対して「長時間労働が常態化している」というネガティブな印象を与えるリスクは確かに存在します。

若者雇用促進法や職業安定法などのガイドラインでは、求人時に時間外労働の状況を明示することが求められており、求職者はこうした数値を他院と比較して応募先を判断します。しかし、ここで重要なのは、「36協定の上限(枠)」と「実際の平均残業時間(実績)」を切り分けて説明することです。

求人説明の際には、「万が一の緊急事態に備えて法的な枠を確保しているが、実際の月平均は20時間程度である」といった具体的なエビデンスを提示することで、透明性の高い誠実なクリニックであるという信頼を勝ち取ることが可能です。

「100時間」付近の設定に伴う健康管理リスク

上限を高く設定する場合、単に「枠」を広げるだけでなく、労働安全衛生法に基づく「追加的健康確保措置」の実施が厳格に求められる点に注意が必要です。

  • 面接指導の義務: 時間外・休日労働が月100時間に達する見込みの歯科医師に対しては、本人の申し出にかかわらず、医師による面接指導を実施しなければなりません。
  • 安全配慮義務: 36協定の範囲内であっても、月100時間に近い労働(過労死ライン)は、脳・心臓疾患の発症リスクを高めます。もし健康被害が生じた場合、たとえ協定を遵守していても、事業主としての安全配慮義務違反を問われ、多額の損害賠償を請求されるリスクがあります。

歯科クリニック特有の「増員困難」への対策

歯科医師や歯科衛生士は専門職であり、急な欠員が生じても即座に代わりの人材を確保することは困難です。上限時間を単に広げるだけでなく、以下のような実務的な対策を並行して検討すべきです。

  • 1ヶ月単位の変形労働時間制の活用: 予約の入り方に応じて週単位で労働時間を調整し、特定の日の残業を「所定内」に収める工夫をします。
  • タスク・シフト/シェアの推進: 歯科医師のみが担当していた業務(診療録の代行入力や事務作業など)を、歯科助手や事務スタッフへ移管し、歯科医師の純粋な診療時間を確保します。

本件のポイント

気づきを得た白衣の男性
  • 36協定の特別条項は、不測の事態における「刑事罰回避」のためのセーフティネットとして、法的上限(月100時間未満)に近い設定にすることも一案である。
  • 上限設定を高くした場合は、求人時に「上限(枠)」と「実際の残業時間(実績)」を明確に区別して説明し、採用への悪影響を最小限に抑えるべきである。
  • 月100時間に近い労働を予定・実施する場合は、歯科医師に対する面接指導や就業上の措置など、労働安全衛生法上の義務を確実に履行しなければならない。
  • 「枠」の拡大に頼るだけでなく、変形労働時間制の導入やタスク・シフトなど、組織的な時短施策を講じることが、将来的な労災リスクの軽減につながる。

歯科医師の働き方改革は、単なる法遵守だけでなく、スタッフの健康を守り、長期的な定着を図るための「経営戦略」として捉えることが重要です。

当サイトは院長先生や事務長を対象に、診療所運営に関する法令や理論、実例などを、できるだけ平易な表現で簡潔明瞭に解説することを目的としています。実務に際しては、所轄の官公署にご相談の上、適切に処理されることを推奨します。なお弊社でもオンライン人事相談サービスを提供しております。詳しくは弊社ホームページよりご確認ください。


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  • この記事を書いた人

山口光博/社会保険労務士/医療労務コンサルタント

医療機関の総務課長→医事課長→本部人事課長を歴任後、上場準備企業の人事部長を経て開業。歯科・歯科口腔外科部門の事務マネジャー経験あり。

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